趣意書・事業体制
趣意書
九州芸術工科大学は昭和43年(1968年)4月に福岡の地に産声をあげました。同大学は前身の全くない大学として戦後我が国で創設された大学であり、しかも我が国最初の「芸術工学部」を有する大学でありました。大学の設立には地元福岡・九州の人々の東京を中心とする大都市と地方の格差の是正という強い想いがあり、この格差という面には「文化・芸術」面と、「経済」面の二種類がありました。前者の立場からは福岡・九州の文化団体、芸術家達によって、この地に「国立芸術大学を」という声が、後者の立場からは地元財界人達によって「産業・技術に資する大学を」という意見が寄せられ、関係者の輪が広がっていく中、様々な議論・検討の末に出された結論が「芸術工学」を教育研究する大学としての九州芸術工科大学の設立でした。
現在、九州大学と統合し九州大学芸術工学部、同大学院芸術工学府、同大学院芸術工学研究院となっています。大学教育の成果は50年を経て、はじめて表層化されると言われます。
技術の人間化を図り、高次の設計家を養成しようとする芸術工学部の、広い学問領域にわたる分野を統合するという性格からも、幅広い教育研究分野において高い実績を持つ本学各部局と連携して、設立の理念を追求していくことは、本学の社会的責任を全うする上で十分意義のあることと認識しています。
今後、地球規模での国際化が進む中、大学の社会的責任は、真の国際性の獲得、産学連携、地域貢献の充実、幅広い人材育成機能の発揮等多岐にわたっています。これまでの「芸術工学」の50年の歩み、成果を広く発信し、一層の飛躍発展を願い50周年記念事業を企画いたします。
事業体制
芸術工学50周年記念事業委員会
氏名 | 入学期 |
---|---|
委員長 | |
谷 正和 | - |
副委員長 | |
尾本 章 | 音響16期 |
鶴野 怜治 | - |
森田 昌嗣 | 工業5期 |
委員 | |
伊原 久裕 | - |
岩宮 眞一郎 | 音響4期 |
鏑木 時彦 | 音響13期・修士情8期・博士情5期 |
清須美 匡洋 | 画像9期 |
都甲 康至 | 環境8期 |
脇山 真治 | 画像6期・修士情1期・博士情2期 |
綿貫 茂喜 | 工業9期 |
大堀 耕嗣 | - |
古川 康祐 | - |
森田 裕子 | - |
芸術工学50周年記念事業実施ワーキンググループ
氏名 | 入学期 |
---|---|
WG長 | |
森田 昌嗣 | 工業5期 |
委員 | |
伊原 久裕 | - |
尾本 章 | 音響16期 |
包清 博之 | - |
清須美 匡洋 | 画像9期 |
都甲 康至 | 環境8期 |
村木 里志 | - |
脇山 真治 | 画像6期・修士情1期・博士情2期 |
朝廣 和夫 | 環境22期・修士生17期 |
知足 美加子 | - |
藤 智亮 | 工業20期 |
松隈 浩之 | 画像23期・修士情18期 |
山内 勝也 | 音響27期・修士情22期・博士情8期 |
河原 一彦 | 音響16期・修士情11期 |
古川 康祐 | - |
森田 裕子 | - |
印藤 憲一 | - |
松本 文宏 | - |
芸術工学50周年記念事業
企業寄附依頼ワーキンググループ
氏名 | 入学期 |
---|---|
WG長 | |
清須美 匡洋 | 画像9期 |
委員 | |
谷 正和 | - |
樋口 重和 | 工業21期・修士生21期・博士生2期 |
鏑木 時彦 | 音響13期・修士情8期・博士情5期 |
河原 一彦 | 音響16期・修士情11期 |
朝廣 和夫 | 環境22期・修士生17期 |
金 大雄 | 修士情20期 |
秋田 直繁 | 工業32期・修士芸28期 |
尾方 義人 | 工業19期 |
杉本 美貴 | 工業22期 |
曽我部 春香 | 工業31期 |
藤 智亮 | 工業20期 |